第3章 狂犬は彼女の全てを喰らいたい
あれだけ嫌われていた私が、突然何もなく彼に好かれるわけはない。
何か理由があるのではと、そう思う。
「私、春千夜に好きになられるような事、した覚えないよ?」
「理屈じゃねぇんだろうな、多分。俺だって、認めたくねぇよ。お前みたいに無駄に気の強ぇ、何考えてんのか分かんねぇ、変な女……」
「凄い言われようじゃない?」
少し拗ねたみたいな顔で、納得のいかなそうに言う。
春千夜の手が、私の頬に触れて包み込む。
「でも、好きになったもんは仕方ねぇだろ」
もう片方の手が、私の手を取って春千夜の心臓辺りに当てられる。
「タイミングは多分お前が俺を殴った時に、ここ、一瞬で持ってかれた。俺を殴る女なんて今までもこの先も、お前だけだ」
「春千夜は、Mなの?」
「あぁ? んなわけねぇだろ。ナメてんのか?」
「春千夜、口悪いよ」
とにかく、私は春千夜に何らかの衝撃を与えたらしい。
でも、そんな事だけで感情が簡単に変わるものなのだろうか。
あれだけ、憎んで嫌っていた相手を。
「単純て言いてぇのかよ」
「いや、別に何も言ってないけど」
春千夜は、自らの胸にある私の手を口元に持って行く。そしてニヤリと笑う。
「絶対、お前を俺のもんにする。俺だけを見て、感じて、お前の方から俺を求めるようにさせるから、覚悟しとけ?」
そう言って、春千夜が私の指を口に咥えて舌を這わせた。
いやらしくねっとりと這う舌の感触に、ゾクリと粟立つ。
「ん……お手柔らかにっ、おねがぃします」
空いている方の手で、春千夜の胸を押す。
「しねぇよ」
「ん?」
「本気で手に入れたいモノに、手加減なんて出来るわけねぇだろ。俺はそんな器用じゃねぇし、優しくもねぇ」
「春っ……」
ソファーに押し倒され、春千夜が私に被さってくる。唇が触れそうになるくらいまで顔が近づいた。
「俺はお前が思ってる以上に愛が溢れてっからさぁ……だからそれ含めて、俺の本気を受ける覚悟しとけ。分かった?」
彼が愛情深いのは、万次郎への態度で分かる。理解しているつもりだ。
ただ、春千夜の全部を見たわけじゃないし、底を知っているわけでもない。
春千夜の本気は少し怖いけど、彼のまっすぐで深い色の目に、私の好奇心がその感情を超えてしまった。