第1章 それは追体験できる魔法書
「別れよう」
予約の取りにくい有名店でのランチ。
三ヶ月前から予約をし、春の今、テラスで美味しい食事をいただくには絶好のタイミングだ。
デザートはとろけるようなアップルパイで、最後のひと口を飲み込んだところ、目の前の恋人から思わぬ言葉を投げかけられる。
「……え?」
「だから、別れようって言ったんだ」
別れよう?
理解が追いつかず、シェリーは頭が真っ白になっていた。
付き合って一年経つ彼は、伯爵家の次男。
男爵家の三女である私と、いつか一緒に家を出て家庭を築きたいって言ってくれた人だ。
18歳になったばかりのシェリーは結婚適齢期だ。
将来のことを話しては盛り上がっていた。
それなのに、なぜ…?
「ど、どうして……」
手が、唇が震える。
理由は聞きたいような、聞きたくないような、なんとも言えない気持ちだ。
「君は俺の妻に相応しくないと思ったんだ」
「だ、だから…どうして……」
なぜそう思ったのか、理由を説明して欲しかったのに、彼は面倒くさそうに視線を逸らす。
「とにかく終わりだ。今までありがとう」
「えっ…」
彼は立ち上がると、テーブルにお金を置いて立ち去ってしまう。
残されたシェリーは呆然としていた。
ずっと楽しみにしていたこの店でのランチ。
昨日、彼に会った時は別れの素振りなんて見せなかった。
むしろ、抱きしめて何度もキスをしてくれたのだ。
「なんで…別れるだなんて」
シェリーはノロノロと立ち上がると、そのまま店を後にする。
店員が心配そうにこちらを見ていたが気にかける余裕はなかった。
この後は最近オープンしたばかりのお店を巡る予定だったため、まだまだ時間はある。
今すぐ帰ったら、何かあったのかと家族が心配するだろう。
彼と別れたと説明するには、まだ自身の整理ができていなかった。
「どうしよ…」
シェリーはあてもなく、フラフラと街をさまよっていた。