第5章 抱きしめる意味
「前、見てごらん」
いつの間にか景色は高専から離れていて、夏油先輩の声で俯いていた顔をゆっくりと持ち上げる。
「…キレイ」
「だろう?ここの景色なかなか気に入っているんだ。時々見たくなる」
そう言った夏油先輩は、私と繋いでいた手をぎゅっと握りしめ優しく穏やかな声で呟いた。
「たまには夜の散歩も良いだろう?」
遠くにはキラキラと輝く夜景。高専周りは山に囲まれているからか、遠くにある街並みの光がとても美しく光って見える。
夏油先輩はいつもこの景色を見てどんな気持ちでいるのだろうか。この景色を見たいと思う時は、一体どんな時なんだろうか。
楽しい事があった時だろうか。それとも任務で心底疲れた時?夜蛾先生に怒られた時?良い事があった時?
もしくは…今の私みたいに心がボロボロになった時…
目の前の輝く光をぼーっと見つめていると、少しずつではあるが心が落ち着いてくる。
森の木々が揺れる音も。頬を掠める風の冷たさも。夏油先輩が握りしめてくれる掌の温もりも。私達二人だけのこの空間も…
その全てがきっと、今の私には必要で…
そしてとても特別な物のように思えた。