第29章 本当は
いつだって傑先輩は私のちょっとした変化にすら直ぐに気が付いてくれた。初めてここで私を慰めてくれた時も。何度も何度も、先輩は私を見つけてくれた。
けれど今は…何て言ったら良いのかわからない。頭の中がゴチャゴチャで、あんなにも傑先輩に会って抱きしめて欲しいと思っていたはずなのに。
それはどこからどう考えても私の甘えでズルイ思考にすぎないからだ。何も言えないくせに…甘えるだけ甘えて…傑先輩の優しさに溺れてしまいそうになる。
「任務で何かあった?」
ベンチの上に置かれていた私の掌を先輩がぎゅっと握り締める。やはりその手はいつもより少しだけ冷えているように感じる。
「何もないよ」
「じゃあ七海か灰原と喧嘩でもした?」
「ふふ、私達喧嘩なんてしないよ」
「確かにそうだね、君達は仲良しだから」
目尻を下げる私を傑先輩はニコリと見つめると、握りしめていた掌に指を絡めた。やはり、傑先輩と一緒にいると落ち着く。
「それじゃあ」そう話し出した声が少し強張っていたのは気のせいだろうか。いや、気のせいでは無い。だってその証拠に、こちらを見下ろす傑先輩は少し困ったように眉を垂れ下げ…そして悲しげに微笑んでいたからだ。
「悟に、好きだって言われたかい」