第29章 本当は
カツカツと響くヒール音を聞きながら傑先輩へと視線を戻せば、いつものように微笑んだ先輩が「隣り、座りな」と優しい声を落とす。
ぽんぽんっと真隣の椅子を軽く叩くその姿に、私はこくりと頷きゆっくりと腰を下ろした。
「今日の任務はもう終わったのかい?」
「うん、二件だけだったからすぐ終わったよ」
「そっか」
「傑先輩は?」
「私は昨夜深夜の任務でね、朝方に帰って来て今日はオフなんだ」
「お疲れ様、私はまだ深夜任務慣れないなぁ。朝寝て夜起きるっていうのが」
「そのうちに慣れるよ、大丈夫さ」
私の頭を柔く撫でる先輩の大きな掌が、夏なのにも関わらず少し冷たくて何だか切ない。
「少し、元気が無いようだけれど。何かあった?」
傑先輩が撫でてくれる心地良さに瞳を閉じようとしていた所で、そんな言葉が落ちてきて思わずピクリと身体を揺らしてしまう。
動揺、したのかもしれない。いつだって私の変化には真っ先に気がつく傑先輩。けれど今はそれを悟られないようにと気を付けていたはずだ。それなのに気づかれた。
洞察力に優れた傑先輩を前に話を逸らしたり誤魔化せるはずもなく、心配そうにこちらを見下ろす黄金色の瞳がただこちらを見つめゆらゆらと揺れている。