第3章 気付かないふり
自分には似合いそうもない大人っぽく色気のある香り。
どんな女性が付けているのだろう…そう一瞬思ってすぐにその思考を掻き消した。
「柊木、大丈夫かい?」
「あっすみません、ボーッとしてました」
多分目の前の夏油先輩もこの香りに気が付いたのだろう。私が気づいて目の前にいる夏油先輩が気が付かないわけがない。
へらへらとまるで気にしてませんよとでも言いたげに笑って見せる私を、夏油先輩は少しばかり心配そうな瞳で見つめたあと「七海達にストレッチ手伝ってもらいな」と優しく声をかけてくれた。
多分、私の背中を押してくれたのだと思う。立ち止まりそうになった私の気持ちと一緒に。
「はい、行って来ますね!」
だからだろうか、五条先輩から香ってくる甘ったるい香りを避けるようにして一瞬息を止めると、私は急いでその場から走り出した。
少しだけ目眩がする。でも多分それは寝不足のせいなんかじゃない…黒くモヤのかかったような感情のせいだ。