第3章 気付かないふり
「遅刻じゃないんだからセーフでしょ」
声を聞くだけで心臓がぎゅっとなる。
一瞬だけ重なり合った視線はすぐにそらされ、私の目の前を通り過ぎて行く五条先輩を見て思う。本当に私は五条先輩にとって取るに足らない存在なのだと。
別に謝って欲しいわけじゃない。そんなことする義務などないし、別に私は昨夜黙って部屋を出て行った五条先輩を咎めるような立場でもない。
だけど、少しだけ期待した。今日会ったらもしかしたら少しは申し訳なさそうな顔をするんじゃ無いかって。ごめんとすれ違う瞬間にでも囁いてくれるんじゃないかって。
まぁそんな事あるわけないのだが…
それどころかむしろ、先ほど一瞬合った視線ですら、心底機嫌が悪そうにかるく睨み付けられた気がする。
五条先輩が通った瞬間に香って来た甘くほのかな香りに吐き気がする。
甘ったるくて女性らしいその香水の香りに、息を吸い込むと同時に嘔吐いて吐きそうだ。