第1章 無茶な恋
夏油先輩の瞳が私を見つめる。先輩に嘘をついたところで何の意味もない…現に五条先輩の部屋から出る場面を見られているんだ。それに夏油先輩なら不用意に誰かへ口を滑らすなんてことも絶対にないだろう。
それに、何よりも…もう限界だったのだ。自分で引き起こしたはずのことなのに、この辛さを一人で抱えるその重みが。
夏油先輩がこの事実を知っていたと聞いて、少しだけどこかホッとしている自分もいる。
こんな馬鹿な真似は辞めるんだと言われるのを待っているのかもしれない。だけど夏油先輩はそんなこと絶対に言わない。聞かなくても分かる。だって先輩は、いつだって後輩の意見を尊重してくれるような…そんな優しい人だから。
私は声を出す代わりに、こくりと小さく頷くと下へと俯いた。私が頷いたのを合図に夏油先輩は「そうか」と小さく呟き、そっと私の頬へと手を添える。
その動作にピクリと身体を強ばらせば、先輩はそのまま優しく親指の腹で私の腫れた瞼に触れた。
「柊木は、馬鹿だね…悟なんかに捕まってしまって」
それは自分と五条先輩をどこか否定するような言葉だったはずなのに…その言葉は何よりも優しく、そして何もりも温かく聞こえた。
多分、きっと…夏油先輩の声がとても穏やかで、静かな声だったからだと思う。自分が何度も繰り返して来た言葉を、夏油先輩に言ってもらえたらかだと思う。
だけど多分先輩は、私がこの言葉を言って欲しいんだって事を分かっていたんだろう。
普段の先輩は、私に馬鹿だなんて言わないし、五条先輩を悪く言うことなんてないから。私の気持ちを感じ取って…あんな言葉を私に向けてくれたんだとそう思った。