第5章 抱きしめる意味
私の目にかかっていた前髪に、夏油先輩がさらりと触れる。
こうして真っ直ぐに見つめ合っている事が何だかとても不思議だ。
夏油先輩が触れた指先が何だか少しくすぐったくて、それに小さく笑えば夏油先輩もつられるようにしてクスリと笑った。
五条先輩とこんな風にベッドで笑い合う事などあっただろうか。こんな風に何気ない話をして見つめ合い抱きしめ合って。
多分…無い。
泊まった事は何度かあるが、それでもこんな風に穏やかな時間を過ごした事はないし、抱きしめ合って眠ったとしても任務と行為の後でただ気がつけば朝を迎えていたように思う。
こんな風に恋人同士がするようなことなどした事がない。もちろん、私はそれを望んでいたわけだけれど…だけど五条先輩はそんなこと望んでいないのは分かっていたから。ただのセフレごときの私が、恋人みたいな事がしたいなどと言えるはずもなかった。
だからこうして夏油先輩が私を抱きしめ優しくしてくれる事が、私と夏油先輩にとっては必要な事なのだとそう思った。
まさに、慰め合い辛い気持ちを消し去るにはピッタリだ。優しく包み込んでくれるようなこの穏やかな空間に、私は今間違いなく癒されているから。