第1章 Forget me not
人さらいの体重に耐えられず砕け散ったドアは後で修理するらしい。少年は箒を元の場所に置くとローズと向き合った。
こうして立つとローズのほうが少し背が高い。見下ろすようになってしまい申し訳ないが、本人はあまり気にしていないようだった。
「……で、お前はこれからどうするんだ?」
改めて問いかけられ、ローズは眉間に力を入れた。
そう。問題はそこだ。
「訳あって身よりもなくって……家もお金もないの。あるのはこの身だけ」
人さらいにまた捕まらないように注意して地上に行くしかないだろう。地上に出たとしても行く宛てはない。だが地下街よりはマシなはずだ。
……この体さえ持ちこたえてくれれば。
「地上に行くのか?」
「うん。住み込みで働かせてもらったりしたら、なんとかなるだろうし」
「地上に行くには大金が必要だぞ」
「…………え??」
意気込むローズにまるで冷水のような少年の声がかけられた。
「こんなんじゃ足りねぇくらいのな」
言いながら少年はぎっしりと硬貨の詰まった袋を持ち上げる。
ひゅっ、とローズの喉が音を立てた。
「そ、そうなの……?」
「あぁ」
あの袋の中身だってローズが今まで見たことないくらいの大金だったのに……。地上へはあれ以上の金が必要、だと。
そんなの無理だ。地上へ行くのは諦めるしかない。
「……どうしよう」
途方に暮れ、ローズはつぶやいた。
これなら下品な男に売られた方がよかったかもしれない。さすがに命までは奪われなかっただろう。
「行くあてがないのか」
「うん。ない」
もうすべてを諦めて死ぬしかない。
そう悟ったとき、少年がなにか考えたあとローズを見た。
「ならここにいろ」
「へ?」
唐突に投げかけられた言葉に呆ける。少年は鼻を鳴らした。
「お前、飯は作れるのか?」
「う、うん。ある程度のものなら」
「ちょうど飯が作れる人間が欲しかった。お前はこれからここに住んで飯を作れ。いいな?」
年下であろう少年に腕を組んで命令される。
反抗のひとつでもしてやろうか、という考えは一切なかった。
「よ、よろしくお願いします!!」
むしろしっぽを振って受け入れた。