第1章 Forget me not
「あ、あり、がとう」
掠れた声でなんとか振り絞る。
人さらいたちは金をそのままに逃げたらしい。床にはきらきらと輝く金貨や銅貨が散らばっていた。
「ちっ、また掃除のやり直しか」
男はそれ以上ローズに言葉をかけることなく、しゃがんで硬貨を拾い始めた。
「あ、あたしも、手伝うわ」
こうなってしまったのはローズのせいだ。せめて掃除くらいは手伝わなければ。
男の隣にしゃがみ、せっせと拾い集める。男の持つ袋にぽいぽいと放り込みながら、ローズは男の横顔を盗み見た。
同い年くらいだと思っていたが、まだ幼い顔つきだ。
ひょろりと細く小柄。しかし、人さらいを殴り飛ばしたのだからその腕力は凄まじいのだろう。
「……なんだ」
整った横顔が動いてローズを見る。
圧のある眼光に圧されながらもローズはなんとか声を出した。
「どうしてあたしを助けてくれたの? お金だけ受け取って売り飛ばしちゃえばよかったじゃない」
「お前はその方がよかったのか?」
「いや、それは……もちろんあなたのおかげで助かったとは思ってるけど。不思議に思っただけ」
硬貨を拾い終わった少年は立ち上がり、壁に立てかけられていた箒を持つ。人さらいたちの踏み荒らした床を掃き始めた。
ローズの疑問の答えを探しているかのような間があった。
「別に。ただ……あんな形相で来た奴を無下にできなかっただけだ」
ぶっきらぼうに少年は言う。ローズは目を瞬かせた。
無愛想だし、口調は荒いしで生意気な少年なのかと思っていたがずいぶんと……お人好しらしい。
ローズは思わず笑った。
「ありがとう。おかげで助かったわ」
心からの礼を言うと、少年はふいっとそっぽを向いてしまった。
照れ隠しだと思っておこう。