第6章 Narcissus
「……いいや、なんでもない」
なんとかそれだけを振り絞り、荒れ狂う心を静めようと深呼吸をした。
大丈夫。何も不安に思うことなんてない。
必死に自分に言い聞かせる。
ローズが勝手にどこかへ行くはずがない。
頭に浮かんだ最悪の可能性を打ち消す。
ローズと“エルヴィン”はただの店員と客の関係だ。
そこに何かが起こるわけがない。
「それでね、あたしが地上のことをもっと知りたいって言ったら、手紙のやり取りをしようかって言ってくれたの!」
ローズは笑って、ポケットから一枚の紙を取り出した。
そこにはおそらく男の住所と、名前が記されていた。
流暢な文字だった。書けない言葉が多いリヴァイとは違い、きちんと教養がある人間の書く文字だ。
「ねぇ、リヴァイ。紙とペンって持ってる? さっそくお手紙を出そうと思って」
リヴァイは返事ができなかった。声にならない言葉が喉元を圧迫して、息も上手く吸えない。
やめてくれ、と言いたかった。そんな奴と手紙のやり取りなんて。
だができなかった。
「楽しみだなぁ」
キラキラと目を輝かせ、幼い子どものように笑う彼女に。
そんな、己の願望を押しつけることなど。
できるはずがない。