第1章 0杯目
例えば
その発音の仕方とか、
例えば、
カップに添えられた指の綺麗さとか、
例えば、
いつもは気づかなかった八重歯とか、
例えば、
流し込まれたスープの行方とか、
「ん、美味しい…デス」
ずっと見ていた、ランプに照らされて輝いたリーフグリーンの目とか。
「そう、ですか、」
ぎこちない、距離とか。
「…いつもこの時間に?」
「最近は、毎日」
「そう」
上手いこと、続かない会話とか。
「ケイト先輩は?」
「オレは、これを取りに」
ちらっと見せてくれた、その本の表紙とか。
「綺麗な本ですね」
「でしょ?」
「占星術」
「うん、得意なんだよね。オレ」
先輩の特技とか。
強がりじゃなく、興味なかったし。
「すごいですね」
「そうでもないよ、」
いつもは、太陽みたいな先輩が意外にも夜は、落ち着いていて、月みたいだなって思ったりして。
「…ココアとかじゃなくて、良かったですか?」
聞いたのは、ただの好奇心。
「このスープのお礼に、一個オレの秘密教えてあげるね」
俯いた視線の先に何があったのかなんて、想像すら難しい。
「オレ、実は甘いの得意じゃないんだよね」
「そうなんですか、」
「激辛ラーメンとかの方が好き。トレイくんにも言ったことないけど、…でも可愛くないでしょ?」
きっと、それが先輩真ん中。
「じゃあ、今度は辛いの作ります。私も、辛いの好きなので」
その言葉も、
ほんの気まぐれ。
「それは、…楽しみだな」
いつもよりも、ゆったりと流れてる気がする時間。
「このスープ、好きなの?」
「はい、故郷の味なので」
「そう」
「今日は、写真撮らないんですか?」
「あー。今日はいいんだ」
「…まぁ、たしかに。具のないスープなんて映えないかもしれませんね」
「違うよ」
その瞬間時が止まる。
「オレが、誰にも見せたくないって思っただけ」
「っ」
「今の君、エーデュース君たちも知らないって思ったら、見せたくないって。変でしょ」
「はい」
「…だから、今見せてるオレもみんなに内緒ね」
そう言って先輩は立ち上がった。
…もう、カップが空になっている。
「君の分、飲んじゃってごめんね?」
「今日は、いいんです」