第1章 0杯目
小さな頃から大好きな、オニオンスープ。
コンソメとお醤油、少しのお塩と、胡椒。
具はシンプルに玉ねぎとベーコン。
「できた」
なかなか寝られない夜にこっそり忍び込んだ、大食堂の厨房。
実は学園長から、使用許可はもらっている。
「ふふっ」
オンボロ寮だと、グリムを起こしてしまうから。
たまにこうして忍び込んでは、帰れない故郷に思いを馳せる。
ふーっふーっ
「あちっ、」
厨房で働いてるゴーストたちも、それぞれ帰ってしまった後で、他のみんなもそれぞれの寮に行って、今ここにいるのは私1人。
真っ暗なこの場所で、こっそりとランプを焚いて、これを味わいながら何もせずにここで過ごすことが、異世界へとたどり着いた私に唯一許された自由な時間な気がして。
周りが優しくても、この世界にとって異端な私の心労は、思ったよりも大きくて、たまに息苦しくなる。
…だから、こうしてリセットするのだ。
マブも知らない、私の秘密の時間。
そんな夜も何日かが過ぎた頃、この静寂の時間に訪れた客人は、私の知ってるようで知らない先輩。
「…あれ?」
突然聞こえた声に、ビクッと肩が揺れる。
魔法でつけられた灯りに、私の顔も照らされてその人と、目があった。
「なにしてんの、こんなところで」
ストライプのカーディガンに、いつもとは違って下されて無造作なオレンジ。
目もとにスートは書かれていない。
私の手元にあるカップに視線が移るのに気づく。
聞こえてきたのは、いつもより低く聞こえる声。
「…いい匂い」
ぐうっと音が鳴る。
私のじゃない、音。
先輩の手には、占星術の本。
教室か図書室にでも行っていたのだろうか。
その先輩と、まだ一対一で話した記憶はなく、私は少し緊張しながら問う。
「…食べますか?」
ぱちっと開いた目に、ドキッとする。
「いいの?」
コクッとうなづいたのは、ほんの気まぐれ。
いつもはカップに2杯はのむけれど、今日は目の前の彼に、そのぶんの1杯を譲る。
「お口に合うか、分からないですけど」
厨房のテーブル越しに、差し出す。
「ありがとう、いただきます」