第1章 最悪な関係の始まり
私は竜胆君に目配せして、隣にいる人に会釈だけしてその場を後にした。
小走りした脚は震えて、お弁当を持つ手には汗が滲んだ。
中庭に着いた頃にはもう落ち着いていたから、その後は楽しくご飯を済ませた。
教室へ戻ると、入口近くにいた竜胆君がすぐに声を掛けてきた。
「さっきは、怖がらせて悪かったな」
「ううん、ちょっとびっくりしただけだから、大丈夫だよ」
半分は嘘だけど、竜胆君が謝る必要はないから。
「竜胆君、お兄さんいたんだね。綺麗な、人だね」
「兄貴は結構有名なんだけど、お前はまぁ……知らねぇか。とにかく、怖がらせるわけじゃねぇけど、あんま兄貴には近づくなよ」
私の頭に手をポンと置いた後、竜胆君は自分の席に戻って行った。
それに続くように私も席に戻る。
午後の授業は、竜胆君が言った言葉が引っかかっていて、あまり授業に集中出来なかった。
日直の仕事を済ませ、私は教室に荷物を取りに戻り、教室から出ようと扉に近づいた時だった。
私はつくづく一人になった事を後悔した。
「こんにちわ。ちゃん、だよね? 覚えてる?」
出口を塞ぐみたいに立ち塞がったのは、昼に会った竜胆君のお兄さん、灰谷蘭さんだ。
でも、何でここに。
目を細めて笑っているのに、目はやっぱり冷たくて、その視線だけで動けなくなる。
「竜胆君、の……お兄さん……」
「そーそ、せーかーい」
気だるげにニヤつきながら言うこの人は、ただ立っているだけなのに、何でこんなに怖く感じるんだろう。
「あ、あの……竜胆君は、いませんが……」
「うん、知ってるよ。別に竜胆に会いに来たわけじゃないし」
言うと、彼は腰を曲げ気味に屈んだ。不思議に思って見ていた私は、さっさと逃げてしまえばよかったと後悔した。
「え……ぅわぁっ!」
「大人しくしてな、落ちんぞー」
まさか、肩に担がれるなんて思ってなくて、声を出したものの、落ちるかもという怖さに、彼の背中の服を握り締める。
「そーそー、そうやって落ちねぇようにしっかり掴んでろ」
一体何でこんな事になってるんだろう。
私はどうなってしまうんだろう。
先が見えない不安で、抵抗する事も出来ず、ただ震えながらなすがままになっていた。