第2章 兄と弟
意味が分からず、呆気に取られている私の手を取り、竜胆君は歩き始める。
「竜胆君っ、あの、お金っ……」
竜胆君は何も言わずに歩き続ける。
彼も彼で目立つ。関係が変わってから、今まで気にならなかった、周りの視線が妙に気になり始めていた。
屋上に続く階段の踊り場に着いた。
「何突っ立ってんだよ。座んねぇの?」
言われて、竜胆君と少し距離を取って座る。
「あの……お金……」
「いらねぇ。返しても受け取らねぇから」
こちらを見ずにパンに齧り付く竜胆君に、お礼を言って私もパンを口に運ぶ。
無言のまま二人でパンを食べていると、竜胆君がこちらを見る。
「今日、兄貴に会った?」
蘭さんの話題が上がり、条件反射で体がビクついてしまう。それに気づいた竜胆君は、少し気まずそうな顔をした。
「一回、だけ……職員室にノートを届ける時に……」
「何もされなかったか?」
されてないと言えば嘘になるけど、特に何か大きな事をされたわけじゃないから、私は首を横に振って見せる。
パックのジュースを飲んでいると、竜胆君が距離を縮めてくる。
「俺は、キスしてたって噂、聞いたけど?」
耳元で囁くみたいに言われ、竜胆君の顔を見る。
鋭く細められた目に、動けなくなる。
「お前からするなんて考えらんねぇから……兄貴だろ?」
どう答えるべきか。
確かに促されたのはそうだけど、とはいえしたのは私からだし。
何も言わない私に痺れを切らしたのか、竜胆君は私の後頭部に手を当てた。
「兄貴と出来んだから、俺とも出来るだろ」
「りん、どっ……ンんぅっ!」
唇が乱暴に塞がれる。
竜胆君が乱暴に何かをするのが初めてで、怖くて、どうしていいか分からない。
苦しくて、呼吸をする為に開いた唇の隙間から舌が入ってきて、ますます苦しくなって竜胆君の制服を握り締める。
これは、何のキスなんだろう。
対抗意識か、それとも。
唇が離れて、思い切り抱きしめられる。
「竜胆くっ……」
「何でっ……兄貴なんだよっ……」
私を責めると言うよりは、自分に向けた言葉みたいに聞こえるのは何故なんだろう。
強く抱きしめる腕が少し震えていた。
「っ……守ってやれなくて、ごめんっ……」