桜舞い散る君想ふ【ONE PIECE/鬼滅の刃等短編集】
第7章 悲しみの先は【トラファルガー・ロー】
結婚して3年。子どもはいない。
夫は美容師だがまだスタイリストデビューをしているわけではなくアシスタントとして働いている。
給料はわずか10万円程度で生活は私の正社員としての収入がほぼ占めている。
彼は所謂"DV夫"ということになるだろうか。
だが、付き合っている時からこうだったわけではない。
結婚してからしばらくして仕事のストレスからか少しずつ始まったそれ。
一度やると癖になったのか止まらなくなっていった。言い返すと倍返しになるので何も言わなくなっていく。
そして気が済むと一旦頭を冷やしにどこかにフラッと行き、私の大好きなアイスを買って帰ってくる。
"DV夫"の特徴、それは暴力を振るった後とても優しいということ。
優しくされて結局許してしまうというのが定説らしい。
だが、決して許してしまうわけではないと思う。
ただ"怖い"だけ。
許さなかったらもっと殴られるのではないか。
逃げたらもっと殴られるのではないか。
私はいつだってその後が怖い。
その時、決して許しているわけではない。
ほら、そろそろまたお気に入りのアイスを買った夫が帰ってきてしまう。
涙を拭いて顔を洗い、化粧を直し、笑顔の練習をしよう。
わざわざ買ってきてくれたことに対して"ありがとう"と笑顔で返さないとまたアレが始まることもある。
だから帰ってくる前に鏡で必ず笑顔の練習をする。
いつの間にか口元だけ笑うことが得意になっていたことに気付かされる。
鏡の中の自分の顔に涙が再びこみ上げてくる。
泣いたらダメだ。涙の跡は怒らせるだけ。
泣くのは彼が帰ってきて、仲直りと称して行われるセックスの後に彼が寝静まってから。
私に許される時間は彼がいない時だけ。彼が私を見ていない時だけ。
ガチャッと開いたドアの音にこれから始まるミッションを行うべく口角を痙攣らせながら上げて笑顔の準備を整えた。