第9章 誘い誘われ/不二周助
《夢主side》
どうしてこんな状況になってるんだっけ。私は床に貼り付けられるように、押し倒されていた。私の両手首を力いっぱい握りしめているのは、まるで貴公子のように笑う不二周助だった。
「ふ…じ…先輩…?何して…?」
私は目を泳がせながら絞り出すような声でそう問いかけた。
遡ること1時間前。テニス部のマネージャーである私は、皆より先に部室に入り掃除をしていた。
箒で床の土埃を取り除いたり、各自のロッカーを吹き上げたりと、せかせか働いた。
「…ん?なんだろう、あれ…。」
ふと私の目にキラリと光るものが映った。壁とロッカーの間、片方の腕がようやく入るような狭い隙間だった。
一通りの掃除を終えていた私は、その光を目掛けて目いっぱい手を伸ばす。
わずかに届かず、何度か挑戦していると、部室のドアがガラッと開けられる音がした。
「あれ?ちゃん。何してるの?」
一番最初に入ってきたのは不二先輩だった。
「あ、不二先輩!お疲れ様です!」
私が挨拶をすると、「あぁ、お疲れ様」と優しい声で返事が返ってくる。
「あの、奥に何か落ちてるみたいで…。」
そう言って、光を指さした。
「ん…?本当だね。僕が取るよ。」
「いえ!先輩にそんな事させる訳にはいきません!私がやります!」
きっと不二先輩の長い腕ならすぐに取れたのかもしれない。
でも後輩として、マネージャーとして、私がやると意気込んだ。
もう一度私は床に両膝をついて、隙間に右腕を入れた。
「んー、もう少しっ…」
やはりあとわずかな距離がなかなか届かない。
私は左手を床につけると、さっきよりも体を伸ばした。
「…もう少しっ…取れた!」
私はその光を手に取り、上半身を起こした。
光の正体は、ただの五円玉だった。
残念に思った私は、手にした五円玉を見つめた。
「ちゃんは、無防備すぎるね。」
後ろで一部始終を見ていた不二先輩が、背後からいつもより少し低い声でそう言った。