第3章 唯一の真実
しばらすると、コンコンとドアが叩かれる。
「風音?入るぞ」
優しい声音の主は家入だろう。
両手で涙を拭って小さく返事をすれば、すぐに医務室のドアが開く。
小脇にバインダーとペン、片手に体温計を持って唯のいるベッドに近付く。
「お、狗巻も居たのか。体調はどうだ?」
聞きながら家入は唯の顔色を伺う。
「…あまり良さそうではないか」
額に手を添えて少し考え、体温計をケースから取り出して手渡される。
唯は体温計を受け取り脇に挟んだ。
家入はそんな唯と棘を交互に見る。
絶妙な距離感から何かを察するように、唯の点滴に触れた。唯が顔を上げて見れば、点滴の落ちる速度が僅かに早まったように見える。
「発情期〈ヒート〉が治ってないんだろう?」
点滴を見る唯に家入が呟くように告げた。
ピピッと体温計が鳴る。表示されていたのは37.3℃。微熱だ。
「番以外のαのフェロモンは、かなり辛いんじゃないか?」
家入は離れた場所の棘を見る。
唯はそれに何も反応出来ない。
そのまま小さく目を伏せた。
「この点滴は、唯の飲んでる抑制剤と同じ成分のものだ。それが上手く効かない…となると、番になった事で体質が変わってしまったのかもしれない。まぁ、それ自体はよくある話だ」
唯はぎゅっと唇を噛み、自身の身体を抱き締めるように触れる。
俯くその頸には、赤く遺る棘以外のαの歯型。
それは一生消える事のない痕。
「番は個人の絆であって、法律上の婚姻とは違うから、一方的な番関係でも罪には問えない。すまないが、三須は不問と言う事になる」
唯はただ頷き、同意する事しか出来なかった。
棘はその場で静かに拳を握る。
「当人同士で、いつか話し合う必要はあるのかもしれないが…」
その言葉に唯は目を見開き、顔を上げた。家入と目が合う。
ふるふると首を横に振った。
思い出しただけでも身体が震える。
ーー会いたい。
でも、会いたくない。
身体は番を求め疼き、一瞬で熱を帯びる。
でも、頭がそれを否定した。
「…だろうな。今は今後の発情期〈ヒート〉を抑える事に焦点を当てて考えて行こう」