第1章 好きだった
棘の腕をぎゅっと掴む唯の身体は震えていた。
「…と、げ…く……、ごめんなさ……」
大粒の涙がこぼれ落ちる。
恐怖と発情〈ヒート〉と、自分の気持ちと、番と離れた不安と…。
色んな感情が入り混じっている。
「…行かな、で……。嫌いに、ならない…で…。三須先ぱ…い…?違……っ」
「おかか…」
痛いくらいにきつく握られた棘の腕。何処にも行かない、と告げ、そっと唯の頭を撫でた。唯はその大きな掌に安心感を覚えてほっと息を吐くけれど。
ふわりと香るその匂いには、何か違和感があった。
唯は首を横に振る。
「ちが…う。違う、違う違う…の。棘く…が、いいのに…違う、うあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
涙がたくさん溢れて。次から次へとこぼれていく。
ぎゅっと握ったはずの棘の腕を自ら離した。
どうしよう、と頭を抱え、震える唯に。
「………っ」
棘は俯き、口の中で小さく呟いた。
「…ごめん……」
唯の小さな身体を包むように抱き締める。びくりと身体を強ばらせ、唯は棘の胸元を思い切り押し退け、叩き抵抗する。
「……っ?!は、なして……!ちがう…、せんぱ…ぃ…が……っ」
『 眠れ 』
暴れる唯をきつく抱き締めて、耳元でそっと囁く。唯はすぐに力を失って、棘に身体を預けるように倒れ込んだ。
変わらない、彼女の柔らかな香りが、ふわりと棘の鼻を掠めていく。でも、もうあの甘い匂いは感じない。