第8章 待て
カルファは思わず顔を隠す。
「かっ、勘弁して下さいっ……!」
はただぽかんと口を開き、前方の男をまじまじと見つめる。
男は二人を見比べ、怯えきった様子のカルファに淡々と呟き、
「兄ちゃんに用はねえよ」
「へ?」
の足元に跪いた。
「わっ」
片膝を立てて座り、の手を取る。
男はうっとりとを見上げ、
「お嬢さん、どうやら俺様の心は君に奪われちまったようだ。一目見た瞬間から、君の姿が目から離れない。これは恋だ! どうかこの恋を本物の愛に育てさせてくれないか? 君の事を全て知りたいんだ」
情熱的に愛を捧げる。
カルファは男の誘い文句にげっと顔を顰め、嫌悪感を露わにする。
苛立った顔で呟いた。
「なんだこの馬鹿犬は……」
男の耳がぴんと跳ねる。
弾みをつけて立ち上がり、カルファに詰め寄った。
「俺様は犬じゃねえ!狼だ!お、お、か、み!」
カルファは先程とは一転して、冷めた目で見上げる。
「あー、馬鹿狼ね」
男は大きく胸を張って、
「そうだ!」
真っ直ぐに頷く。
「よく見とけ、こいつは本物の馬鹿だ」
「……わたしに振らないでください」
「ダーハッハッハッ!」
男は豪快に笑い声を響かせ、ポーズを決める。
拳に力を込め力こぶを浮き上がらせ、
「見ろこの毛並み! 牙! 爪っ!」
広い背中を見せ、毛を靡かせ、爪を光らせる。
黒を基調とした美しい身体に自信満々な様子、堂々と達に見せつけていく。
「そしてッ、吠え声!」
両手を地面につきしゃがみ込むと、長い遠吠えを上げた。
完全に引くカルファと呆気に取られる。
男は勢いづけて腰を上げる。
「どこを取ってもパーフェクト! 俺様を拒む理由が見当たらない! 叶うなら誰か教えてくれ!」
「声がでかい、頭が悪い、ナルシスト」
ブツブツと並べ上げるカルファを無視し、男は改めての方を振り向く。