第1章 1
スタジオから出たわたしたちは、運よくちょうど通りかかった空のタクシーを捕まえ、乗り込み、紀章さん行きつけの居酒屋へと向かった。
わたしを真ん中に後部座席に並んで座っていると、下野さんが心配気にわたしを覗き込んだ。
「大丈夫?」
「え?っと・・・」
何に対しての『大丈夫?』なのかが分かりかね、言葉に詰まる。
「・・・・泣きそうな顔、してるから」
下野さんの言葉にハッとして彼の顔を見た。
いつものことながら・・・彼はよく周りを見ている。
こんなわたしのことまでちゃんと見ていてくれる・・・。
嬉しくて泣きそうだった。
「大丈夫だよ、紀章さん、こう見えてもホントはすごい優しい人だから」
下野さんのそんな言葉に、思わず恐る恐る隣に座る紀章さんを振り返った。
「・・・なんだよ」
下野さんの言葉に照れてるのか、ガラケーをいじりながら、紀章さんが照れ臭そうに、それを隠すようにぶっきらぼうに答える。
「あ、いえ、すいません・・・」
思わずビクッと体を震わせて、反射的に謝った。
「だから、紀章さん?後輩威嚇してどうすんの。紀章さん、笑顔が可愛いんだから、笑ってくださいって。」
「別にしもんぬとに可愛いって思われなくていいし。」
「もぉ・・・ちゃん、気にしないでいいからね?」
下野さんが心配そうに眉を寄せてフォローを試みた。
わたしは必死で作り笑いを浮かべて見せた。
・・・・わかってる。
紀章さんが優しい人なのは、十分わかってる。
ただ・・・今日は自分の失態のせいで気持ちに余裕がないだけで・・・。
わたしは、膝の上で結んだ拳をもう一度握り直して涙をこらえた。
そうこうしているうちにタクシーは目的地に到着し、お金を支払った紀章さんが、ポンっとわたしの頭に手を置いた。
「行くぞ。」
その声はなんだかとても優しく聞こえて、情緒不安定なわたしはそれだけで泣き出してしまいそうになる。
少しだけこぼれてしまった涙を素早く拭って、わたしは紀章さんの後に続いた。