第1章 1
「紀章さん!もぉ、かわいそうでしょ、後輩いじめたら!」
と、また背後から紀章さんを咎める声がして、わたしはびっくりして振り返った。
そこには下野さんがいた。
紀章さんの他にはもう誰もいないと思っていたわたしは、びっくりして、その拍子に思わず涙が一筋頬を伝っていた。
「ほらぁ!女の子泣かせちゃダメでしょ、紀章さん!」
下野さんはわたしの涙にあわてた様に紀章さんの手をわたしの頭から持ち上げ、わたしを覗き込んだ。
「気にしなくていいから、大丈夫。この仕事してたら、誰だってこーゆー経験あるから。俺だって何度もあるし。」
「俺はないよ。しもんぬほど噛まんし、ほど下手じゃねぇし。」
「そーゆーこと言わないの!ちゃんだってたまたまでしょ、いつもこんなに噛んでるわけじゃないし。・・・大丈夫だよ、先輩いっぱいいる現場で、一旦噛んじゃうとテンパっていつもできることができなくなったりするんだよね。俺もよくあった。」
だから、大丈夫、気にするな、と。
下野さんは、優しくポンっとわたしの肩を叩いた。
「紘くん、紘くんも一緒に行くでしょ、呑み」
「ん〜・・・」
紀章さんがなぜか意味ありげに下野さんに目配せをする。
「・・・・行きます。紀章さん、ほっといたらちゃんのこともっと泣かすかもしれないし。」
「お前、人疑義の悪いこと言うんじゃないよ。俺別にのこといじめてるわけじゃねぇし!」
「そう見えるんですって!周りから見たら!」
二人はじゃれ合いながらブースを出て行く。
ドアのところでわたしを振り返った下野さんの耳が真っ赤になっているのが見えた。
「行こう?」
「あ、はい、すいません」
「謝らないでいいから。今は別に謝らなきゃいけないことしてないでしょ」
ふふっと小さく笑って、下野さんがわたしを促した。
ドアを開けて押さえてくれる。
小さな優しさが、折れた心に暖かく染み渡った。