• テキストサイズ

信仰の果て[ゴールデンカムイ]

第1章 火筒の響遠ざかる



「父? 貴方が、わたしの?」


冬の湖面のような静けさをたたえた八重の微笑が、その時初めて崩れた。
目を大きく見開き、まじまじと軍人を見る。

鶴見はゆっくり頷いた。


「君を私がこの孤児院から引き取ることになった」

「……なぜです?」


孤児院の子どもが新たな親へと引き渡されることは知っていた。
新しい家族と共に、彼らはみな嬉しそうにここを去っていく。

それを見ながら、八重は自分もそのような迎えがあるのではと待っていた。しかし、大人たちは記憶の欠けた八重を気味悪がった。
そうしていつしか、八重は自分を受け入れてくれる人間を諦めていた。

そんな時に唐突に転がり込んできた養子の話。
八重は今にも飛び上がりそうな体を抑え、ぐっと腹に力を込めた。

そんな八重の様子に気づいているのか、鶴見はふっと口元を緩める。


「私には娘がいた。2年前、死んでしまったかわいい娘だ」


わずかに鶴見の目が動き、八重から逸れる。
遠くを見つめていた。


「そのご息女の代わり、ということでしょうか」


言って、胸がツキリと痛んだ。
この男もまた、八重を八重として受け入れてくれることはないのだ。

だが、鶴見は強く首を振った。


「代わりでは決してない。君と娘を重ねるつもりもない。ただ、あの時の娘の手の温もりを……忘れたくはなかった」


申し訳なさそうに、彼の眉が下がる。


「すまない。あまりにも自分勝手だ。不快にさせただろう……?」

「……いいえ。不快になどなっていません」


胸の前で手を組み、八重は微笑んだ。


「どのような理由であれ、わたしはようやく父に出会えたのですから。イエス様の仰る通り、求め、探せば門は開かれるのですね」

「そうだね。君は私を求め、私は君を求めた。だから今、ここにいる」


鶴見は右手を差し出した。
八重はそれを見て、その手を握り返した。


「これからよろしく頼むよ。八重」

「はい。よろしくお願い致します。鶴見さん」


/ 12ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp