第1章 火筒の響遠ざかる
「父? 貴方が、わたしの?」
冬の湖面のような静けさをたたえた八重の微笑が、その時初めて崩れた。
目を大きく見開き、まじまじと軍人を見る。
鶴見はゆっくり頷いた。
「君を私がこの孤児院から引き取ることになった」
「……なぜです?」
孤児院の子どもが新たな親へと引き渡されることは知っていた。
新しい家族と共に、彼らはみな嬉しそうにここを去っていく。
それを見ながら、八重は自分もそのような迎えがあるのではと待っていた。しかし、大人たちは記憶の欠けた八重を気味悪がった。
そうしていつしか、八重は自分を受け入れてくれる人間を諦めていた。
そんな時に唐突に転がり込んできた養子の話。
八重は今にも飛び上がりそうな体を抑え、ぐっと腹に力を込めた。
そんな八重の様子に気づいているのか、鶴見はふっと口元を緩める。
「私には娘がいた。2年前、死んでしまったかわいい娘だ」
わずかに鶴見の目が動き、八重から逸れる。
遠くを見つめていた。
「そのご息女の代わり、ということでしょうか」
言って、胸がツキリと痛んだ。
この男もまた、八重を八重として受け入れてくれることはないのだ。
だが、鶴見は強く首を振った。
「代わりでは決してない。君と娘を重ねるつもりもない。ただ、あの時の娘の手の温もりを……忘れたくはなかった」
申し訳なさそうに、彼の眉が下がる。
「すまない。あまりにも自分勝手だ。不快にさせただろう……?」
「……いいえ。不快になどなっていません」
胸の前で手を組み、八重は微笑んだ。
「どのような理由であれ、わたしはようやく父に出会えたのですから。イエス様の仰る通り、求め、探せば門は開かれるのですね」
「そうだね。君は私を求め、私は君を求めた。だから今、ここにいる」
鶴見は右手を差し出した。
八重はそれを見て、その手を握り返した。
「これからよろしく頼むよ。八重」
「はい。よろしくお願い致します。鶴見さん」