第1章 【五条/シリアス】哀情
「五条、夏油は検死に回すか?」
「いや、他のやつに任せるさ。ひどい有様なんだ。今回の件だけはオマエに処理はさせたくない」
「……そうか」
ひどく損壊を受けた高専を背景に、悟と家入さんの会話を聞きながら、私は一人蚊帳の外だった。術師や補助監督の人など、だんだんと人が集まってきて、事態の収拾にあたっている。
親友の死を語る悟の表情はずっと変わらない、仕事の時の顔だった。家入さんも、顔色一つ変えずに頷きながら報告を聞いていた。
夏油さんという人が悟の生徒さんたちに怪我をさせ、乙骨くんが反転術式で治療してくれて真希ちゃんや狗巻くんたちが助かったこと。パンダくんもダメージが大きいけど、なんとか修復ができそうなこと。
悟が親友に止(とど)めを刺したこと。悟の立場と状況的に命を奪わなければならなかったこと。
旧知の仲である家入さんに見せたくないほどの遺体の状態であること。
それらを知って、言葉にならなかった。
高専敷地内で瀕死で見つかった補助監督の方たちの治療を黙々と行う家入さんの横顔を見ながら、どう労りの言葉をかけたら良いか分からなかった。悩みながらも治療後の書類作成などサポートが大方終わった頃、
「ゆめ、顔色が悪い。外の空気を吸ってきた方がいいよ」
と、逆に家入さんに気を遣われてしまった。
視線を返すと、『私は大丈夫だ』と彼女の顔に書いてあった。眉を下げて困ったように微笑んだ家入さんに、抑えていた涙が出そうになった。私は会釈して下を向きながら部屋を後にした。
冬の朝6時半近く。
夜が明けてきても、冬の朝はまだ暗い。
早朝の12月の空気はキンと冷えていて、マフラーだけを手に、コートも持たずに建物の屋上に出てきたことを少し後悔した。静寂がひろがっていて、世界に私しかいないみたいだ。
「私は何ができるかな」
しばらく黙って空を見上げた。風もない、鳥も飛んでいない静かな空。ぼんやりとした頭が冷えて冷静になる。吐いた息が白く出て、霧散して溶けていく。
深呼吸し、柵に両手をかけた時だった。
「ゆめ、風邪ひくよ」
後ろから急に声が聞こえて、ハッとした。
勢いよく振り返ると、コートを羽織り、髪を下ろしてサングラスをかけた悟がいた。
もう事件の処理は終わったのか聞くと、彼は黙って首を振った。
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