第18章 【夏油/悲恋】偽り睡蓮花
――手記の続き――
報告書を書き上げながら、私は何度もペンを止めた。
夢野ゆめという少女は、本当に幸せだったのだろうか。
教祖に利用され、殺人を重ね、最期は処刑された。客観的に見れば、それは悲劇以外の何物でもない。
だが、獄中で面会した彼女の笑顔を思い出す度に、私の中で答えは揺らぐ。
彼女は確かに、幸福だった。
夏油傑という存在に出会い、必要とされ、愛され、子を成した。灰色だった人生に、鮮烈な色彩が与えられた。
それが偽りであろうと、呪いであろうと、彼女にとっては真実だった。
処刑の翌日、五条悟は無人になった独房を訪れた。
何を思い、何を見たのかは、どこにも記録されていない。
ただ一つ、呟かれた言葉だけは私も覚えている。
「本当に罪深いよねぇ」
それが誰に向けられた言葉なのか。
夏油傑なのか、自分自身なのか。
あるいは、この呪術という世界そのものなのか。
夢野ゆめの子供は、御三家の監視下で育てられることになった。
その子が将来、どんな人生を歩むのか。母の選択を呪うのか、それとも──。
私には分からない。
ただ一つ言えるのは、いつ散るか分からない危うさを秘めた偽りの幸福であっても、ゆめにとってはそれが真実で、現実で、世界の全てだったということ。
彼女は最期まで、笑顔だった。
それが、呪いなのか祝福なのか。
もう、答えは出ない。
ただ、私の胸には重い何かが残り続けるだろう。
夢野ゆめが最期に見た幻。
それは、夏油傑が迎えに来てくれた幸せな未来だったのだろう。
三人で手を繋いで歩く、穏やかな日常。
そんな未来は、決して訪れることはなかったのに。
――終――