第1章 【五条/シリアス】哀情
「じゃあ、ここにいないで早く戻らないと」
各所に報告や連絡を行わないといけないのではないだろうか。私の言葉で、眉を下げて困ったような顔をした彼に、さっき見た家入さんの表情が重なった。
「夜まで帰れないし、充電させてくれたっていいでしょ」
そう言われた時には彼の腕の中にいた。
見上げると、頬と額に冷たい口づけが降る。ずっと外に居たのか、体温が下がっている彼の頬を両手で包む。鼻の奥がじんと痺れて、自分でも分からずに、はらはらと涙が流れてくる。
「なんでゆめが泣いてんの」
優しく問われても、なんでだか自分でも分からない。滲む視界の悟を見ながら、それでも震える声で絞り出す。
「だって、悟と家入さんの友達だったんでしょ」
「……ああ、傑は親友だよ」
かわりなんかいない、だからこの手で終わらせた、そう言いながら悟は悲しく微笑んだ。一瞬だけ、綺麗な青い瞳が揺れた。
友達同士なのになんで、と言いかけて私は言葉を飲み込んだ。
それは悟なりのケジメの付け方だったのではないだろうかと気づいた。夏油さんが上層部に拘束されて処刑されるよりは、親友に自分の手で最期を与えてあげられることに意義があったのかもしれない。
悟が目を細めながら私の髪を指で梳く。そして、口を開いた。
「ゆめ、帰ったらゆっくり眠らせて」
「うん」
「ゆめのこと抱きしめて寝ていい?」
「っ、もちろん」
「ゆめも休んでよ」
「う、ん……」
どこまでも穏やかな悟の声音に、私の目からは次から次に涙が溢れて、感情が整理できなかった。
鼻水垂れてる、と笑いを堪えてる悟がポケットティッシュを差し出すので、急に恥ずかしくなって、とりあえず鼻はかんでおいた。
「ゆめには笑っててほしい」
まだしゃくりあげる私の額に、彼の額がこつんと重なる。手の甲で涙を拭いながら黙って何度か頷くと、そっと彼の温もりが離れた。
「なるべく早く帰るよ」
ひゅっ、と屋上の柵を飛び越えて、下に悟が落ちていく。慌てて下を覗くと、もう彼の姿はなかった。忙しない人だ。それでも会いに来てくれたのは嬉しかった。
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