第8章 【乙骨/甘】微熱
ドキドキしながら前を向いてじっとしていると、やがて唇に触れる柔らかい感触があった。
ほんの数秒触れ合っただけで離れていったそれが名残惜しくて、思わず追いかけそうになるけれど、ギリギリのところで踏み止まることができた。
もう少しだけ、彼の温もりが欲しくて、憂太の首に手をかけて引き寄せるところだった。
再び憂太の顔が近づいてきたので反射的にギュッと目を瞑ると、「ゆめちゃん、可愛い」と憂太が呟いて、私の額にそっと口付ける。
普通にキスするよりも何だか照れくさくて、口の中がムズムズしてしまった。
唇じゃなかったことに少しガッカリしている自分がいて、一人で恥ずかしくなった。
憂太の手が伸びてきて撫でるように頬に触れてくる。
ビクリとして目を開けると、真剣な表情をした彼と目が合った。
イルミネーションの光と私を映したまま、身じろぎ一つしない。
熱を帯びた視線に、そのまま吸い寄せられるように顔を近づけようとした時、ポケットの中のスマホが着信音を鳴らした。
一瞬にして我に返り、私は慌てて憂太から離れようとする。
しかしそれより先に彼のしっかりした手が後頭部に回ってグッと引き寄せられた。
そのまま唇を重ねられてしまい、私は抵抗することもできずされるがままになっていた。
「んん……ッ、ゆ、ぅ……っふ」
どのくらいそうしていただろうか。
しばらくしてようやく解放されると、恥ずかしさと酸欠で、私は力なくその場に座り込んだ。
「ご、ごめん、ゆめちゃん大丈夫?」
「う、ん……あ、家族からの電話だったみたい」
余韻でぽーっとしながら、スマホの画面を眺めつつ彼に返事をすると、憂太もしゃがみ込んで私の顔を覗き込んできた。
彼の目を両手で塞ぎつつ、恥ずかしいからあんまり見つめないでと抗議した。
予想外の行動だったのか、少し狼狽えた彼の声を聞きながらなんとか立ち上がると、私はスカートの裾についた汚れを払って歩き出した。
「ゆ、憂太……ケーキ取りに行こう?」
「そ、そうだね、行こうか」
汗ばんだ手を繋ぎ直し、お互い顔が赤いまま、一言も話さずに黙ってケーキ屋さんに向かって歩いた。
ずっと私の心臓が爆発しそうなほど脈打っていた。
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