第3章 【宿儺/死別】桜葬
数年後、呪いと病に倒れる寸前まで、彼女は人の情について彼に説き続けた。
「きっと地獄に行くのでしょうね」
歌祓いの里を滅ぼしたのはあなただと知っていたのに、あなたを憎めずに情を交わし、安穏と生きてしまった。
力なく笑い、病に伏せたゆめは目を伏せた。何度か喀血しているため、呼吸は弱く、胸が緩慢に上下していた。その顔は雪のように白い。
「あなたの顔をもっと見ておけば良かった」
目の前が暗いのです、と宙を彷徨ったゆめの手を握り、宿儺が自分の顔へ引き寄せる。
反転術式では如何にもならぬほど、呪いに蝕まれた彼女の肢体は見るも耐えぬものであった。おそらく絶命が近い。こうしている間も、じわじわと蝕まれた箇所の肌が変色していく。
「俺はしばらく地獄には行かん」
「そうですね、宿儺様はゆめの分も長生きしてくださいませ」
「愚かしい、お前は物分かりが良すぎる」
「……亡骸は庭の桜の木のあたりにでも埋めて下さい。春になればあなたとお花見できます」
もっと俺を求めないのか、生きたくはないのか、この世へ執着しろ、と宿儺が呟くとゆめは薄く笑う。
大切なものを失おうとしているこの瞬間にも、宿儺は悲しみを感じなかった。その感情を生まれた時より得たことはない。
ただ虚しいという感覚は分かる。求める何かを渇望する時の焦燥、手に入れたと思った時には手の間をすり抜けていく、満たされぬ感覚は幾度となく味わってきた。
「お前の体も魂も俺のものだ」
地獄になどやすやすといかせるものか。
最期に仕掛けるのは呪いの契り。意識が混濁する彼女の手の甲に、宿儺の尖った爪先で刻む鮮血の印(いん)。
→