第18章 【夏油/悲恋】偽り睡蓮花
【記録① 二人の出逢い】
「推しから声をかけられた」
スマートフォンの画面に残された最後のメッセージを、少女の母親は何度も何度も読み返していた。
既読がつくことのない、娘からの最後の言葉。
その三日前、少女──夢野ゆめは普通の高校二年生だった。
成績は中の下。
友達は多くはないが、それなりに。
部活は帰宅部。
趣味はネットサーフィンと動画視聴。
特技は特になし。
将来の夢も特になし。
灰色の日常を、ただ惰性で生きていた。
「あー、だるい。何もかもだるい」
放課後の教室で、ゆめはスマホを眺めながら呟いた。
窓の外では夕陽が校舎を赤く染めている。
同級生たちの笑い声が遠くから聞こえる。
それらすべてが、彼女にとっては色褪せた風景だった。
画面に映るのは、とある宗教団体の教祖の姿。
夏油傑という名のその男は、端正な顔立ちと穏やかな笑みで信者たちに教えを説いていた。
「この人、めっちゃイケメンじゃん」
友人の一人が覗き込んで言った。
「でしょー?声もいいし、なんか話し方も優しいの。最近ハマってて」
ゆめの目は、久しぶりに輝いていた。
人生で初めて、心から「推せる」存在を見つけた喜び。
それは空虚な日常に小さな彩りを与えた。
ネットに上がる動画を見ては保存し、画像を集めては眺め、教団の活動を調べては想いを馳せる。
ただそれだけが、彼女の生きる理由だった。
ある日の夕方、ゆめは偶然を装って教団の施設の近くを通りかかった。
もちろん偶然ではない。
今日はどうにも気持ちが昂ってしまい、電車を乗り継いでやってきたのだ。
施設の門の前で、彼女は立ち尽くしていた。
中に入る勇気はない。
ただ、同じ空気を吸えるだけで充分だった。
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