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【呪術廻戦】撫子に口付けを【短編集】

第15章 【伏黒/シリアス】六月の泪



着いた医務室は静かで、消毒液の匂いが淡く漂っていた。

家入さんを呼んでみたが、休憩で外出しているのか部屋に姿が見当たらなかった。

彼女の机にある紙には、緊急連絡先が記載してある。

視線を外に向けると、雨粒が窓を打ち始め、時折低く雷鳴が響いていた。

この天気では、校舎から出て寮に戻るのは得策ではない。

悠仁と野薔薇は雨に濡れなかっただろうかと心配になる。


「ベッド空いてる。部屋に戻るのも辛いだろうし、いったん休んでからの方がいいよ」

「……ああ、そうだな」


恵は小さく呟いてベッドに横たわり、まぶたを閉じた。

やはり寝不足だったのか、呼吸が落ち着いていくのを確認しながら、見慣れた彼の横顔を眺めていた。

やがて、半分夢に落ちかけているような声で恵が言った。


「……ゆめ」

「なに?」

「いつも悪いな」


その一言が胸に沁みて、私は返事を飲み込んだ。

どう返答すればいいか悩む沈黙のなか、ふと幼い頃の記憶がよみがえる。


「……なんかさ、こういうの、久しぶりだね」

「こういうの?」

「小さい頃は夏休みによく熱出してたじゃん、恵。私、横で氷枕替えたりしてたの、覚えてる?」


彼はゆっくり目を開け、天井を見上げながら小さく笑った。

昔の氷枕は氷嚢タイプが主流で、中の氷が溶けるたびに交換しなければならなかった。


「……ああ。覚えてる。氷がすぐ溶けて、何回も台所に走ってたな」

「そうそう。そんで恵が冷蔵庫の麦茶を飲もうと起き上がると、お粥作ってた津美紀ちゃんに“おとなしく寝てなさい”って叱られてたね」


思い出すと、胸がじんわりと温かくなる。

あの夏、畳の匂い、蝉の声、扇風機の音、窓から入るぬるい風。彼の額に滲む汗を、子どもなりに必死で拭っていたこと。



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