第15章 【伏黒/シリアス】六月の泪
「体調悪いと、時間の流れが遅く感じるんだよ」
彼は横目でこちらを見た。
「ゆめがいたから、退屈じゃなかった」
「……私、看病 兼 暇つぶし要員?」
「そうじゃない。あの頃から……ゆめに頼るのが、俺には自然だった」
思いがけない言葉に、心臓が跳ねる。
彼の目がまっすぐに私を映していて、その視線に射抜かれ、緊張で喉がカラカラに乾く。
「……今も?」
勇気を出して問いかけると、彼はわずかに頷いた。
「そうだな」
どこかに落ちたのか、雷鳴が遠くで響いた。ビリビリと大地が震え、窓硝子がカタカタ細かく揺れている。
外の世界がざわついても、この医務室の空気だけは静かで、温かい。
「じゃあ、これからも頼ってよ。私にできることなら、力になるから……ずっと、ずっと、恵のそばにいるから」
その告白じみた言葉を、恵はどう捉えただろうか。
無意識に大胆なことを口にしてしまった。自分でも驚くほど、声は震えなかった。
いつの間にか、彼は安堵のような笑みを浮かべて目を閉じていた。
掛け布団の上に乗っている恵の手に、自分の手を乗せる。
ゆるく握り返され、体温の境界がぼやける。
静寂の中で彼の寝息だけが聞こえて、胸をなで下ろす。
「私が、そばに、いるから……」
脳裏をよぎるのは、朗らかに笑んだ津美紀の姿。
時折自分を顧みずに無茶をする恵のことを、誰よりも心配していた人だ。
私にとっても姉のような存在だった。
恵のことをよろしくね、と。いつも会う度に言われていた。
彼女の代わりになろうとか、おこがましい考えはない。
けれど、恵が心から幸せに笑える日がくるまで、私が彼の力になりたい。
焼けるように熱くなる瞼の裏側で、津美紀の姿が滲んで消える。
流れた雫は、湿気た空気で冷やされて、あっという間にシーツに吸い込まれていく。
六月の雨。あと少し、もう少しだけ。
彼のそばに、いさせて。
END.