第1章 プロローグ
『……エース。私ね、海軍に入隊するの』
エースは一方的にアンナとの会話を終わらせ、一人で帰路についていると、先ほどの彼女の言葉が何度も反芻され続けていた。
もし彼女が本当にそれを望んでいるなら、それは自分が反対することではないし、アンナの人生だから口を出すつもりはなかった。
だけどそれを言った彼女の表情は裏に何かを隠しているような、そんな風に感じてしまったのだ。
『だからエースと一緒に海には出れない。
……今度会うとき、私たち敵同士になる』
お前が自分から俺らの敵になることを選ぶようなヤツじゃない。
そう思ったからジジイのことを疑ったけど、アンナは関係ないと言い切った。
じゃあなんでなんだよ…海賊じゃダメなのか?
海軍じゃなきゃいけない理由がほかにあんのか?
『………信じねェ』
そんなツラそうな顔で言ったって信用できねェんだよ!
……何十年、お前と一緒にいたと思ってんだ。
どうしようもなくイラついて、小さく舌打ちをしてしまった。
このまま言い合いになるのはダメだ。
一度お互い冷静になったほうがいいと思い、アンナの肩を掴んで視線を逸らされぬよう、しっかり目を見ながら言った。
『……とりあえず俺と海に出るかの答えは当日まで待つからちゃんと考えとけよ』
『それとその指輪はお前にやったものだからな。ほかの誰かにやったら怒るからな!』
アンナは年の近い女たちと違って、アクセサリーなどにまったく興味がないやつだった。
そんな彼女だからこっそり誰かにあげることも考えられるので、ちゃんと釘もさしておいた。
はあ…と深いため息を吐き、未だに熱くなっているエースの体を冷たい潮風が通り過ぎていく。
「……なんで嘘なんかつくんだよ」
エースの独り言もまた、闇の中に溶けていくのであった。