第3章 芽生え始めた想い
久しぶりに会った同僚とのはしご酒に付き合い、泥酔状態になったこいつを空き部屋にぶち込んだ後、月明かりが優しく照らす夜の廊下を歩いていると、隣で歩く部下の横顔がふと視界に入った。
「……なんだかいつもと雰囲気違うな」
「えっ」
「ああそうか、髪を下ろしてるからか。
…なんだか新鮮だ」
そう口にした後、慣れないことを言ってしまったと少し後悔した。
普段の自分ならば部下の、ましてや女の髪型が変わったことになんか気づきはしない。
今まで付き合ってきた女は前髪やメイクなど変化に気づいて欲しいヤツがほとんどだったと思うが、あいにくそこまで容姿に重きを置いてなかった自分にとって、それに気づくのはとても難しいことで、何回喧嘩に発展したかわからないぐらいだ。
だけどなぜだろう。
今日はこいつの変化が俺の目にすんなりと入ってくる。
「っ……ヒナさんだって、いつも髪を下ろしてるじゃないですか、」
そういってアンナは顔をふいっと窓の方へと逸らす。
「あいつに関しちゃ、出会ったころからああだからな。今更新鮮さもくそもねェよ」
むしろ髪を結っている姿を見たことがないし、その姿にまったく興味がない俺はそう返した。
「そういうもんですか……」
「あァ」
その後に会話がそれ以上続くこともなく、俺たちはアンナの部屋まで一緒に歩いた。
「今日は色々迷惑かけたな。あとはゆっくり休め」
そのまま自室に戻ろうと背を向けた瞬間、ぐいっと服の裾を引っ張られ、踏み出そうとした足はそのままその場に残る。
「…ヒナさんと飲んだからなんですか?」
「いつも部下の私たちの前ではそんな顔しないじゃないですか」
引き留めて何を言うのかと思ったら、またヒナの話。
こいつの口からはヒナの名前ばかりがあげられる。
なぜあいつの話をしたがるのか。
もしかして…憧れってやつだろうか。
男女平等といってもやはり上の称号は男の方が多い海軍。
その中でも大佐という称号を持っているヒナは男はもちろん、同性からの憧れのまなざしで見られることが多いのも事実。
だからこいつもそのクチかという考えが頭によぎれば、次にアンナの口から聞こえたのは、まったく予想外のものだった。
「スモーカーさんにとってヒナさんはどんな存在なんですか」