第1章 プロローグ
「けっきょくこの気持ちはなくならなかったなぁ……」
消そうと思えば思うほど大きくなってしまったこの想いは、幸か不幸かエースに伝わることなくずっと私の胸の中に留まっていた。
この想いとも、あと少しでおさらばできる…
その瞬間、窓からふわっとエースの匂いが風にのって入ってきた。
それに気づき窓から下を覗くと、本人が丁度帰宅したところだった。
「……匂いで分かるとか、重症だなあ」
そう自分にツッコんだが、返してくれる相手はいない。
壁時計を見ると夕飯を用意する時間になっていたので、アンナは小走りでキッチンに向かった。
「ごっそさん!」
今日も彼らの前には大量の空の食器が並ぶ。
本当に2人ともこんな細身なのに、どこにその食べた分がいくのだろうか?
そう思いながらのいつも通り食器を片付けていると、ふと感じる視線。
「…どうしたのエース」
「い、いや。あのさ…」
その視線の主はエースだった。
いつもなら「おやすみ!」といってさっさと自分の家に帰るのに、今日はなんだが落ち着かない様子で、食べ終わったのに椅子に座り続けていた。
「…今夜、少し話せないか?」
いつもより小さな声で、そっぽ向いたまま話し続けるエース。
彼の耳を見るとほのかに赤くなっていて、それにどきんと高鳴ってしまう自分の胸を押さえて、アンナは冷静に返事をする。
「……いいよ。お風呂から上がったらエースのところ行くね」
「お、おう!」
ちゃんと髪乾かしてからこいよ!とビシッと私に指を指しながら、エースはそのまま行ってしまった。
そういう細かいところ気にするような男になったんだなと、弟の成長を喜ぶ半面、彼の話の内容について考えてしまう。
彼の反応から淡い期待を抱きそうになるが、アンナはすぐにその期待をかき消した。
「……そんなことあるわけないじゃん」
あんな昔にした約束、エースが覚えているはずない。
ぶつぶつ独り言を呟いていると、キッチンの方からドグラに呼ばれている声がしたので、アンナはとりあえず目の前の食器の片づけに集中することにした。