第2章 君たちが笑えば、私は幸せだと。そう思っていた。
「……今、少しお時間よろしいでしょうか?」
事態が大きく動いたのは、ヨコハマのはずれに少しだけ買い物をしに来た時だった。
ヨコハマに来る時は必ず、気持ちばかりの変装をするようにしていたのだが、不意に七三分けの眼鏡をかけたスーツ姿の男性が、私に声をかけてきていた。
この人を、私は知っていた。 確か、この人は……。
「入間さん、ですよね?」
「おや、私のことをご存知で?」
「ええ、もちろん。お見かけしない日はありませんよ」
彼は『それもそうですね』と、苦笑する。
この人は左馬刻のチームメイト、入間銃兎さん。
この人はたしか、現職の警察官のはずだ。
そんな彼が声をかけてきたということは、十中八九職務質問なんだろうが、実のところは左馬刻と私の関係性を嗅ぎとったんだろう。
警察官ってものは本当、厄介だ。
「お名前をお伺いしても?」
「……夢子です。木下 夢子。」
「木下さん、ですね。こちらには何をしに?」
「ここの辺り、雑貨屋さん多いじゃないですか? だから、少し寄ったんです」
恐らく、私自身からこれ以上何も聞けない上に、答えるつもりが無いと思ったのか、入間さんは職質という名ばかりの左馬刻と私の関係性を探るのをやめたようだった。
「……特に問題はありませんね。お買い物中、失礼しました。いい雑貨が見つかるといいですね」
「こちらこそお手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」
「いえ、これが我々の仕事ですので。では、よい観光を」
そう言って別れを告げた。
これだけで終わってくれ、と願った。ただ、彼らにこれ以上悲しい思いをして欲しくなかった。たった、それだけだった。