第10章 じゅう
松田さんが消えてしばらく経った。
わたしの日常は変わらない。
朝起きて、昼間は大学に行き、バイトをして家に帰る。
滞りなく、日々を送ってる。
…あ、そうそう。
たまにポアロにも行ってる。
あの時食べ損ねたハムサンドの美味しさに気づいて、リピーターになったのは記憶に新しい。
ポアロに通うようになった当初、日替わりランチばっかり食べてた自分に、ハムサンドの美味しさをプレゼンしたいくらいには美味しい。
ちゃんとご飯を食べて、ちゃんと生きてて、偉い。
なんて、大袈裟なことを思ったりする。
…松田サンが居なくても、案外平気だった。
本当に滞りなく、毎日が過ぎてく。
調子を崩したのは、初めの2、3日だけで。
立ち直ってからは、安室さんが来る回数も徐々に減った。
わたしがポアロに通う回数の方が、絶対多い。
げんきんなやつって、コッソリ思ったことは本人には言わないでおこう。
やっぱり、同期の松田サンが居たから、あんなに入り浸ってたんだなって。
…なーんて、仕事でも忙しいんだろうな。
とも、思う。
ポアロで安室さんに会えるのも、毎回では無かったし。
…知らんけど。
とにかく、そんな毎日を送ってる。
「いらっしゃいませ〜」
ベルの音が響き、店内へと足を進める。
「なまえさん、こんにちは」
「梓さん、こんにちは」
「今日はどうします?」
「ハムサンド、…あ、やっぱりカラスミパスタ」
「ふふ、安室さん探しました??」
「バレちゃいました?でも、梓さんパスタも好きなので」
「ありがとうございます。席、お好きな場所にどうぞ」
今日もお昼はポアロ。
安室さんは、居ないみたいだ。
そんな時は梓さんのパスタを頼む。
ハムサンドのリピーターではあるけど、それは安室さんがいる時に限る。
だって、梓さんのパスタも美味しい。
テーブル席も空いていたけど、今日はカウンター席に座った。
…ほんの気まぐれだった。
ジュージューと、フライパンで油が跳ねる音がする。
お昼時をすぎて少し遅いくらいのこの時間では、お客さんもまばらで、私を含めても2、3人しか居ない。
お客さんがいなくて、穏やかな時間が流れるポアロの空間が好きで、あえて、この時間を狙って来ている。
ー…カランコロン