第9章 きゅう
side 降谷
任務を終えて、最初に向かったのはセーフティハウスではなく、同期の大切な人の家。
きっと帰って来ているだろうと、最近来慣れた場所の鳴らしなれたチャイムに触れる。
ピンポーン
…返事はない。
結局、彼女の家に着いたのは、あの電話から4時間も経ってから。
仕事柄仕方ないけれど。
なんとも言えない気持ちがする。
嫌な予感がして、ドアノブを左に回す。
「!!」
開いたドアに驚く。
さらに、視線の奥散らばった荷物に息を呑む。
「なまえさーん。入りますよ〜」
声はかけたものの、やはり返事はない。
電気のついていない室内は暗く、冷たい。
彼女の部屋のドアが少しだけ開いていることに気づいて、ノックをした後、常夜灯をつけて覗く。
電池が切れたかのようにうつ伏せで、本屋で別れた時と同じままの服装をしている。
「…っ、」
駆け寄って、肩に触れる。
「なまえさん」
優しく揺する。
何度か揺すると、少しだけ反応があった。
「ん…、安室、さん」
首だけを俺の方にむけ、なんとも言えない表情をしている。
弱々しい返事に、また体調を崩したのかと、そっと冷や汗がながれるのを感じた。
「起こしてすみません、電話頂いたのにすぐに帰って来られずすみません」
「…ふっ、」
「どうしました?」
「安室さん、謝ってばかりだから。悪いこと、してないのに」
「あ…」
むくりと起き上がるのを支えながら、ベットに腰掛けた彼女と目線を合わせるようしゃがむ。
「安室さん、…」
ぶわっと、潤んだ瞳を見てちくっと胸が痛む。
だけど、その雫は落ちることなく彼女の目を潤ませるだけ。
「すみません、松田サンのことで、」
「はい」
「…多分、もう会えません」
彼女のことを考えると、複雑な気持ちがする。
「…」
「私が、気づけば良かったんですけど…
松田サン、道路に出そうになった男の子助けようとして、大きなトラックにのまれて…」
か細くなる声に、松田が消える瞬間居合わせた彼女に、間に合わなかったことが悔やまれる。
「2回も、…2回も誰かのために消えちゃうなんて、」
…泣くとおもった。
それなのに、そっと肩をさすっても俯くだけで溜まったはずの涙は落ちない。