第8章 はち
例えばもっと普通の出会い方で、
例えば松田サンが普通にいる世界で、
人目を忍ぶような、こんな片想いじゃなくて。
「これもいいよなぁ」
こんなふうに並んでお買い物できたら、どれだけ幸せなんだろう。
部屋には松田サンの好きなものと、私の好きなものでいっぱいに埋め尽くして。
そしたら、どれだけ幸せなんだろう。
考えるだけでも、こんなに暖かいきもちになるんだから、味わったらどうにかなっちゃうに違いない。
1日過ぎるたびに、松田さんと話すたびに、どんどんと気持ちが膨れてく。
なんでもない毎日なのに、なにをされるわけでもないのに、ちょっとしたことで好きが溢れてく。
たとえば、声のトーンとか。
話すタイミングとか。
心地いいのは、赤い糸で結ばれてたから?
「なぁ?」
「はい?」
「あんま見んなよ。視線が痛ぇ」
「自意識過剰もほどほどに」
ほんと、素直じゃない口。
「お前は何か買わねぇの?」
「そんなに買ったら、足の踏み場なくなっちゃうよ」
「せめぇもんな」
「デリカシーどこに置いて来たの?」
「かぁちゃんの腹ん中。つーか、ごめんな」
「え?」
「実体ないから、持てねぇし」
「どうってことないよ。もし、松田サンが持って浮いてたら、みんな怖がっちゃうし、それに、私力持ちだもん」
それもそっか。と、苦笑いする松田サン。
「あとさ、」
松田さんが止まったから、私も止まる。
「なぁに?」
「なんでもねぇよ、早く帰って読みてぇな」
「はいはい。じゃあ、そろそろ帰ろうよ。安室さんに連絡しなきゃ」
「…」
「どうしたの??」
「なんでもねぇよ、」
「変な松田サン」
お会計を済ませて、店を出る。
安室さんから、折り返しの連絡はなく、歩いて帰ろうって提案したのは私。
空はもう夕暮れていて、外では子供達が遊ぶ声が聞こえる。
「松田サン、子供好き?」
「あ〜?わかんねぇ」
「松田サンが子供っぽいもんね」
「誰がベビーフェイスだ、馬鹿」
「いーじゃん、ベビーフェイス。かわいいし、松田サンの子供もきっと可愛いね」
「馬鹿いえ。お前子供好きなのかよ?」
「うーん、可もなく不可もなく。でも、自分の子供は、最後まで可愛がりたいと思う。
なーんて、まだ学生だし、夢のまた夢かな」