第1章 いち
そう思ったのに、気のせいだったみたいだ。
確かに声が聞こえた気がしたのに。
思えば、この横断歩道だったから記憶に残っていただけかもしれないけど。
「ふぅ」
ほっと一息ついた時、信号が青へと変わった。
危なげもなく、それを渡る。
例えばもし、あの日立ち止まって話を聞いていたらなんて、考える必要もない。
今後一切関わるはずもない人に、引き止められそうになったのをわざわざ記憶している価値なんてないんだから。
「いらっしゃいませー」
初めて入ったスーパーマーケットは、思ったよりも広く落ち着かない。
店内ですれ違う店員さんの挨拶も、徹底してあって私とは縁遠いと思ってしまう。
気疲れする前に、早く用事を済ませて帰りたいところだ。
牛乳に手を伸ばそうとした時、トスッと背中に何かぶつかる。
「すみません!」
「あ、いえ」
目があったのは、中学生くらいの女の子。
通り過ぎるタイミングでぶつかったみたいだった。
「待ってよ新一」
「遅ぇよ、蘭」
へぇ…。
若いのに珍しい、カップルだ。
なんて、そんなことを思いながら牛乳をカゴに入れた。
その時にはもう、すっかりニュースのことなんて忘れていた。