第5章 ご
「そうしていたら、気づいたら周りにだれもいなくて。人への接し方もよくわからなくなって行きました。
友達も、私の境遇を分かってくれるわけもなくて、私自身のこと分かってもらおうともしないで、ずっと生きてきて。
だから、余計松田さんに頼って、執着して、ずっと、一緒にいてほしいって、思っちゃったんです」
こんな得体の知れない話を聞いて、どう思ったんだろう。
「松田さんの知り合いの方の話を聞いて、松田さんの生き方を少しだけ知って、少しだけ、私でもって、希望を持てた気がしたんです。何も持ってない私に、松田さんが優しさをくれたから。いっぱい、くれたから」
一方的に聞いてたって、楽しくないだろうに。
「松田さんが、…好きなんです。大好きなんです。くるしくて、苦しくて息の仕方忘れちゃうくらい。
こんなの初めてで、これが運命の相手なんだって、自分らしくないの分かってて、」
また涙が出てくる。
「でも、もう、やめたんです、」
「…やめた?」
ゆっくりと離れてく、首元の力にうなづく。
「ほどけちゃったから、」
だらんと垂れる自分の指を見て答える。
「松田さん、皆さんに会いたがってました。あなたを含めて。
生前、交流していた方に、同期の皆さんに、大切な、大好きな人に、」
「…すまない、手荒なことをして」
ゆっくりと首を振る。
「自分じゃ解けないって思ってたけど、わたしが縋ってたんです。案外すんなり解けて、解けてすぐに、行っちゃったからもうどこにいるかもわからないけど、…もうすぐ、あなたの所にもくるんじゃないですかね。すみません、ながながと。今度、相談料お支払いしますね。このシャツとタオルと一緒に」
スルッと、椅子から滑るように降りて。
「ご厚意で用意していただいたのに、すみません。こちらのお代も、後日お支払いしますから」
ぺこっと頭を下げて、ポアロのドアを開ける。
安室さんは力無く椅子に座っていて、なんだか申し訳なく思う。
タバコと着替えだけを持って、外に出ると、もうすっかり雨は止んで、心なしかいつもより月が綺麗に見えた。
程なくして、上がり始めた熱に変に体が軽くて、もうどこにでも行けそうな気がしてくる。
しばらく歩くと出てきた土手。
川沿いの道は夜だから少しだけ怖いけど、家までの近道で。