第5章 ご
彼のことばかり聞くのはずるいかと思って、私も少しずつ話し始める。
松田さんの知り合いなら、きっと信用における相手だから。
「あの、…安室さんは、赤い糸って信じますか?」
恐る恐る言ったのは、少なからず、そういうのが嫌いな人間がいることを知っているから。
「赤い糸?」
怪訝そうな顔をする彼は、やっぱりそういうのが嫌いみたいだ。
「…赤い糸は、誰にでもあるんです。
みんな絶対小指についてて、大切な人と結ばれてるんです。
私の両親も、もちろんついてて…だから、一緒にいっちゃったんです。
どうやっても、解けなかったから。
…って、それはいいんですけど。
私もずっと、自分のその糸の先に誰がいるのか知りたくて、でもしばらく見れなかったんです。
ある時から透明になっちゃったから、切れちゃったんだと思ってたんです。
でも、松田さんが…」
黙って聞いてくれていた安室さんの、眉が少しだけ動く。
「本当に信じられないんですけど、松田さんに会った日に占い師に会ったんです。
その人が運命の人は誰にでも"いる"けど、私には“いない"って。
わかってた事だけど、現実突きつけられたような気がして、ぼーっとしていたら、あのショッピングモールにいて、案内されるがままに乗った観覧車のゴンドラに、居たんです。
…松田さんが」
たしか、72番目のハコでしたと、言い切る前にぐいっと胸ぐらを掴まれた。
強い力で、掴まれた。
持ち上がる襟首が苦しい。
だけど、懺悔をしたいのか、なんなのか、自分でもわからずに勝手に動く口。
涙はもう、出ていなかった。
「私、恥ずかしながら知らなかったんです。
爆破されたことは知ってました、ニュースでもみてました。
でも、どこか他人事みたいで、なくなった刑事さんがいたことも、すっかり抜け落ちてて、それが松田さんだったんですよね。
…だから、知らないんです。生前のことはなにも。彼から聞いたこと以外は」
どうにでもなって仕舞えばいい。
この人に嫌われたっていい。
ほんとうは、多分きっと誰かに聞いて欲しかった。
「私、松田さんに会うまで、何にもなかったんです。
両親が幼い頃に亡くなって、私はいつもひとりぼっちで。邪魔者で。
ずっと強がっていきてたから、甘え方もわからなくて」