第5章 ご
closeと書かれた面はそのままに、入ってくださいと促された店内はもうすっかり店じまいした後だったけれど。
カチッと一箇所だけつけられた灯りに照らされている席にうながされる。
今日もまた、カウンター席だ。
「寒かったですよね。少しだけお待ちいただけますか?」
その言葉に、コクッとうなづく。
奥へと入った彼は、なにやら持ってくると俯いたままの私と目を合わせる。
「"なまえ"さん、でしたよね?」
名前を教えた覚えはないけど、一方的に私ばかり知っていたらフェアじゃないから、自己紹介する手間も省けるしと、うなづく。
「得体の知れない、僕のものじゃ不快かもしれませんけど、濡れたままでいるより、マシだと思うんです。着替えていただけますか?」
指を刺されたトイレのドアを見て、コクッとまたうなづく。
「濡れたものは、こちらに入れてください。それから、これタオルです」
「ありがとう、ございます」
少しだけ掠れた声になったのは、どうしてだろうと、しょうもないことを考えながら、借りた服に着替える。
少しだけ、…だいぶ深々だった。
華奢に見えたけど男の人、こんなに大きいんだ。
ティシャツは半袖だろうけど、私が着ると七分袖みたいになってる。
ズボンもお腹の部分は少し余裕があるくらいだけど、やっぱりぶかぶかで、裾は捲ってみると小さな浮き輪みたいになってしまった。
「終わりましたか?」
外から聞こえてきた声に応えるように、ドアから出れば目の前の人は吹き出して笑っている。
優しい笑い方だと思った。
「すみません、大きかったですね」
「いえ、…すみません、ご迷惑をお掛けして」
「松田の、お知り合いなんですよね?あなたが大事そうに持っていたこのタバコ、あいつが生前愛用していたものと一緒ですし」
さっきまで乾いていたはずの、涙が、また急に出てくる。
「わかりません、」
「…」
なんとも言えない顔をする目の前の人を、果たしてゼロさんと呼んでいいのかわからずに、自分の意思とは関係なくポロポロと落ち始める涙。
「生前の、松田サンなんて、ぜんぜん、知らないんです、
知り合ったのも、最近で」
ボソボソと話しているから、聞こえないかもしれないけど。
「だから、知り合いってきかれると、答えられないんです」