第5章 ご
松田さんの指には変わらず、赤い糸が巻き付いているのに、私の指からは解け落ちている。
風船が手から離れていくような、つなぎ目から解けて裂けていくような、そんな気持ちがする。
「行っていいよ、」
「は?」
「神社に行く手間省けてよかったじゃん、ほら、いきなよ」
可愛くないやつ、
最初の方に松田さんがよく言ってきた。
「同期のところでも、タバコ買いにでも、行って来なよ」
「まじかよ?!」
もう、私の部屋のものに触れない彼に変わって、玄関のドアを開けてあげる。
「うん、あー、にしても、ラッキー。言ってた通り、こんなオジサン幽霊がいたんじゃ、呼ぶのも呼べないし!
っていうか、幽霊怖いし!おたがいに!すっきりしたよね!全く!」
ぎゅっと胸が痛い。
「さぁ、ほらいったいった!」
口角が下がる前に。
もう背中に触ることはできないけど。
「なまえ?」
いまさら、名前なんて呼ばないでよ。
「なぁに?」
「ほんとに、いいのか?」
「いいって言ってる。なに、いまさら怖じけたわけ?」
「…」
「もう好きなとこ行っていいよ!キャバクラでも?秋葉でも?
なんだっけ?胸が大きくて、身長がある人が良いんだっけ?」
なんでそんな目で見るの?
「あー、わかった。なんかやっぱり、怖くなっちゃったんだ。
じんぺーくん、ベビーフェイスだもんね?」
ぎゅって、抱きしめられる感覚は、もうないはずなのに。
通り抜けないように、わたしの体に添えるように抱き締めてくる。
本当に、今更。
「…ありがとうな、なまえ。結構楽しかったぜ?」
本当の意味で、今生の別だ。
なんて、馬鹿みたいだ。
香るはずもない、松田さんの匂いがした気がして。
「行ってくる」
「勝手にすれば?」
「可愛くねぇやつ」
フッ、
と鼻で笑って。
飛んでいく。
同期のところにいったの?
あの女の人のところにいったの?
勉強なんかもう意味ないや。
勝手に夢をおしつけて、
勝手に熱をおしつけて、
心地いいと思ったら、離れてく。
手を離したら簡単に、ドアが閉まって。
簡単に外の世界を、隔てる。
重力に負けて崩れ落ちた足に、やっと溢れた涙に、私はもう抵抗なんてできない。