第1章 いち
今日もまた、この瞬間に終わってしまったと。
もっとずっと浸っていたかったけれど、それも難しそうだ。
ベンチから立ち上がる。
"今日もお邪魔しました"
なんて、言葉には出さずにそっと思う。
歩き出して考えたのは、今日の夕飯の内容。
何があってもお腹は減るんだから、この体が憎い。
「おい、」
公園を出てしばらく歩いた先で、声をかけられる。
振り返った瞬間に、キョロキョロと周りを確認したのは私以外の誰かの可能性を考えたからだ。
そして、向き直る。
やっぱり、私じゃなかったみたいだ。
「おい、アンタだよ」
スーツにグラサン、いかにもなその出立ちにゾクッとする。
逃げるが勝ち。
何と勝負してるかなんて知らないけど、あんな怖い人に追いかけられるなんてごめんだ。
突如走り出した私に、一瞬の躊躇い。
「待て!」
待てって言われて待つやつなんて居ないでしょ、知らないけど。
私の全速力、息が切れそうになるのを必死で堪えながら、もつれそうになる足に運動不足が祟ったと後悔しても遅い。
脚力が違うのか、あと少ししたら捕まってしまうだろうと思っていたところで、目に入った青が点滅し始めた歩行者信号。
白いストライプの半分まで来た時、信号が赤に変わる。
「危ねぇだろーが!!」
渡りきった私に聞こえた怒号。
「お前!そこで待っとけ!とにかく!!」
信号によって足止めを喰らった、その男性の指示に従うわけもなく、大通りから小道へと入りちょこまかと進む。
隠れる場所はどこにだってあるし、ここまで来れば大丈夫だろう。
しばらくは、あの公園に行くのも本屋も控えよう。
サングラスのスーツに追いかけられるなんて恐怖しかないし、なにより、某番組みたいにハントされたくない。
自分の身は自分で守らないと、そんな事とっくの昔から知っていた。
「怖かった…」
こんなご時世だもの。
どんな用事だったかは知らないけれど、関わりたくないし。
少し身を隠してから、帰ろう。
そう心に決めて潜む。
ここから家までしばらくかかってしまうけど、究極の時はタクシー呼んでも良いし。
どうか見つかりませんように。
こんな時にしか使わない神頼みに、我ながら都合の良さを感じていた。