第6章 6th
また容赦なく、ボロボロと涙が落ちてく。
それを、乱雑にゴシゴシと強く拭う。
『あ、ダメだって!跡になっちゃうから』
腕を静止したのは、やっぱり大きな研二の手。
優しくしなくていいよ、どうせ私を捨てる気なんだ。
どうせならもっとボロボロにしてくれないと、ちゃんと嫌いになれないもの。
『ねぇ、ゆり。俺、ゆりには嘘ついたことないよ』
うん、そうだね。
嘘になったのはたった一回の、あの日の"今日は早くるから"。
だからまだ、この時の私にはついてなかったね。
『仕事で遅くなるからって、連絡もしたじゃん』
…あぁ、思い出しちゃった。
『本当に誓って浮気なんてしないよ、』
この日がいつだったか。
『今朝、電車で行っただろ?その時通勤ラッシュでさ、』
…そうだ。
若い女の人にぶつかったんだよね。
その人は酔っていて、ふらついて正面にいた研二に倒れ込んできて、たまたま見ていた駅員さんに保護されたって。
運ぶのまで手伝ったから、すごく助かったんだって、その次2人で電車に乗るために駅に行った時、駅員さんに引き止められて感謝されてたの、今になって思い出した。
『…匂いは、』
『え、あ。やっぱ匂う?取れたと思ったんだけど、やっぱ無理か』
クンクンと、自分の袖を嗅いでいる。
馬鹿だな、着替えたんだからさっきより薄れてるに決まってるのに。
冷静になればちゃんと思い出せる。
『ほんと、参っちゃうんだけど。
同僚の、香水の瓶割れたところに居合わせちゃってさ。彼女ちゃんへのプレゼントだったらしいんだけどね。
松田も今頃大変だろうな、匂い落とすの』
どれも、これも本当だった。
香水の件も、この翌日に研二が松と話してたのをたまたま聞いた同僚が、私と仲直りしたところまで話を聞かずにとびだして、直接謝りにきてくれたんだ。
…あぁ、私。
今も昔も変わらず、研二を困らせて、傷つけてる。
ねぇ、真実を知る前の私、どうやって研二を許したんだっけ。
ちゃんと素直に言葉を信じてあげられたんだっけ。
あんなにも矢継ぎ早に研二を罵るような事を、傷つけるようなことを言って、被害者面して。
研二は確かに仕事が遅くなる事、連絡をくれてた。香水の片付けもあったせいという事は同僚の手前伏せていたけれど。