第5章 5th
頭をぐりぐりとすり寄せる。
「フレンチトーストの甘さじゃないもん」
「わがままだな」
「砂糖になりたい」
「卵でも牛乳でもなくて?」
「混ざりたいんじゃないもん、溶けてなくなりたいんだもん」
「…」
研二の手がとまる。
ごめんね、研二。
謝ってばかり。
謝るくらいなら口に出さなきゃいいのに、いっぱいになったコップから溢れる水みたいにとめどなく、泣き言ばかり言ってしまう。
研二が火を止める。
フライパンのうえで、フレンチトーストはバターと共にまだ少し喘いでた。
大した力じゃないけど、腰に回していたうでがするっと、解かれて私は少し不安になった。
「ゆり」
慈しむような目なのに、責められた気もして、不安定な気持ちが胸を占めて、そのまま締め付ける。
「行かないで、研二」
「どこにも行かないよ、俺は」
「ずっと一緒にいて」
「ずっと一緒にいるよ、絶対」
何度聞いても不安になる。
何度言っても言い足りない。
すっぽりと彼の腕に収まる、私の身体。
もっと力を込めても壊れやしないのに、いつだって優しい手付きで壊れモノに触るように、触れてくるんだからたまらない。
「もっとそばにきて」
「え?」
「研二がいるのに、ずっと寂しい」
「俺がいても足りない?」
「足りない、全然足りない」
ついに溢れ出した涙が、研二の服を濡らしていくのに、それを止めることができない。
こうして研二と過ごしている時を、ひとつたりとも無くしたくない。
なのに、穴の空いたバケツに溜めていくように、意図しないままこぼれおちてく。涙も、感情も。
「これから先7年そばにいてくれても、多分ずっと足りない」
「…」
「14年でも、21年でも、全然足りない」
「…」
「研二のいない7年は、何にも代えられない」
「責められた気分だな」
「責めてるんだもん」
「そっか」
「研二を傷つけるのも癒すのも、他の何かじゃ嫌なの。
今ここにいてくれるからいいって、思ってるはずなのに同時にずっとずっと、アイツの顔が浮かぶの。
後輩たちがやっと検挙してくれたのに。
取調室のマジックミラー越しに、薄気味悪い顔で笑うの。
…死神じゃないのに、アイツは。
私から、研二を、松も、…っ、」
口の中に鉄の味が広がる。