第1章 さようなら。
『私、トリップしてきたんだと思います。』
「トリップ..即ち、異世界から来たということでしょうか?」
突拍子も無いことは重々承知だ。
『信じられませんよね..』
考え込むように、顎に手を当てる姿を見て
信じて貰えないのもしょうがないと納得をする。
「さすがに、信じ難くはありますが、信じたいと思っています。
何やら証拠のようなものがあれば良いのですが..」
眉を下げて困ったような表情をしてる辺り、
信じたいというのは本当なのだろう。
証拠...身一つで来た自分に証拠なんてものはない。
でも...
『証拠...ですか...トリップしたとしか説明がつかないんです...。』
「と、いいますと?」
『何故なら、私はビルから飛び降りたのですから...』
「っ!?」
驚き目を見開くところを見ると、同情を引いているようでとても心苦しくなった。
『新宿内にあるビルの屋上から。新宿にいるのならまだしも、シブヤに来てるなんてことがおかしいですし、それに..私は貴方のことを知っています。』
「我々はそこそこ有名ではあるようですし、知っていることに関しては驚きはしませんが..いや、例えば異世界から来たとして、それで尚、小生のことを知っているというのは辻褄が合いませんね。一体どういうことですか?」
頭の回転が早い人に見つけてもらって本当に良かった。
『ヒプノシスマイク。私の世界ではその題名でアニメやCDなどで作品となっています。』
「なるほど。それは証拠になるでしょうね。
信用に足る、何かをご存知なのでしょう。」
『はい...たとえば...お兄さんがいる..とかでしょうか?』
「っ...」
『ごめんなさい。触れられたくないところでしたよね...』
「いえ、小生が聞いたんです。お気になさらず。
非現実的なことではありますが、本当だと言うことはわかりました。
ともすれば、宿などお困りでは?」
そうだ...何も持たずに飛ばされてしまった私は、
泊まるお金すらも無い。
生に留められたことに不満を感じずには居られない。
悩んでいる私を見て
「また、死のうと思ってますか?」
『っ...』
「小生の家に来ませんか...?」
そうして、私はこの世界でこの書生と共に暮らすこととなる。