第8章 丁度良い焼き加減だったらどんな味?
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先週の日曜は家庭教師先から戻り、タクマさんが帰る日だった。
父も昼で仕事を終え、みんなでお蕎麦やお惣菜をいただき銘々寛いだ表情で。
今度別荘で蕎麦を打つから食べに来なさい。 そんな話を父とタクマさんとしていたと思う。
でも私は早々にお箸を置き、自室へと戻った。
二つの出窓を開け放ち、一旦空気を入れ替えてからまたそれを閉じた。
クーラーが頑張り始めた音がする。
そしてここでは微かな蝉の声。
……狭い空。
「綾乃。 また食欲ないのか?」
母親が軽いデザートぐらいはって、これ。 タクマさんが部屋に入ってきて、後ろにある机にコトン、とガラスの器が置かれた音がした。
ヨーグルトかなにかだろうと思う。
「それ、隣の家の壁と庭の他に、なんか面白いモン見えんのか? チビには」
タクマさんが座ったんだと思う。
ベッドの軋む音がしたから。
「そうやってると、やっぱガキん頃思い出すんだよなあ。 ……なんだっけ。 オマエが東京に帰る朝は、やたら無口んなるのな。 構ったら泣くモンだから、放っといたら足にしがみついてきて。 さすがに中学んなったらやんなくなったけど。 ……で、大学生の今は、どうした」
私って、ちっとも変わってないみたい。
それとも変わってしまったのかも。
「わ……からなくて。 でも、私も…帰れたらいいのに、とか。 泣きたいみたいな、笑いたいみたいな、変な顔しか出来なくて」
「……母親が不安定とか言ってた、そういうヤツか」
『体も心も不安定な年頃』
そんなのは今の私には分からない。
私にも分からないのに。
「タクマさんには……分かんない」
「ああ。 分かんねえけど、そういうことにしとけ。 悩みが一個減るだろ? とりあえず、こっち来いよ」