第8章 丁度良い焼き加減だったらどんな味?
「綾乃に黙ってるのも変な話だからね」タクマさんが帰ったあとに、そう切り出して父が教えてくれた。
「実は取引先で建築関連の会社があって、お節介だとは思ったが、拓真くんのことを話してみたんだよ。 彼はもう、とっくに立派な定職に就いている。 だが、年齢的にこれが最後のチャンスになるかもしれない、そう思ってね」
あの夜に、父が彼を呼んだのはそんな話だったらしい。
「……それで、タクマさんはなんて答えたの?」
「直ぐに断られたね。 自分はあそこで生きて行きたいのだと」
そして父は、遠い昔の彼との出会いを話してくれた。
「……ある意味、今の私があるのは彼のお陰だと、時々そう思う」
綾乃。 知っての通り、彼の父上は病気で亡くなっている。 お前の体調を心配し過ぎるのも、そのせいだろう。
「人を好きになって愛し合うことはその相手の気持ちにも責任を負うということだ」
くれぐれも気をつけなさい。
「……うん。 分かったよ」
父の言葉に私はそう答えた。